2013年08月05日

ブラック企業

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日経ビジネス「ブラック企業」を読んだ。

 
 うちのクーカンは、夏になるとみんなブラックになる。(日焼けで。)
3K(きつい、汚い、あとはなんだっけ?)も、たいがいあてはまる。

 けど、ここに出てくる不満は、クーカンの大工の中にはないな。
 俺たちは、やれないやつに無理をさせるのが嫌いだから、やれるやつが必死でやっている。
だいたい、自分のできないのを人にかぶせるようなエネルギーのないヤツは、建築現場には向いてない。
 だって、家が、傾くだろう。物理的に。

 それに、「俺にこんな仕事をさせて」というやつほど、たいして仕事ができない。自分のことだけを見て、総合的にものの見れないやつの仕事は、ぜったいに物足りない。
 穴だらけのコンクリート、垂直に立ててない柱、直角が出ていない壁…。不良建築の可能性は枚挙にいとまがない。

 クーカンでは何でもできるやつが、文句も愚痴も言わずに、人の仕事のしりぬぐいや、手直しをしてるのを見てるから、
周りのみんなは「俺はできてないな」、と、自分の立ち位置を反省する。反省してなくても、たぶん自分ではわかっている。
「俺はそこそこの力しか出してないな」って。

 だからって、人には力や能力の差があるから、そう思ってもやらない時や、できないこともある。
クーカンは、そこは寛大だ。黙って許容。無理してやらせない。
 やる気のないヤツに家を触られて、変になるのが嫌だからだ。そこはプライドの問題だ。

 
 でも、それに引け目もなく「俺にこんなことまでさせて」と言い出したら、クーカンでは生存権がないだろうな。
 だって、そこは、「やれない」に、「やらない」が加わってるからだ、能力に加えて、精神力も低い。

 これはブラックになるのだろうか。

 一人で生きてたら、金を稼ぐのも自炊するのも洗濯も手続きに役所に行くのも全部やるだろう。
それを、会社に入った途端、「俺の仕事はここまで」とやること自体、疑問だ。
 人間生きてくには、いろんなことをしなきゃならない。好むと好まざるとにかかわらず。
ましてや、お金をもらってそれで食べてるんなら、ある程度、自分を呈する姿勢は必要だろうと思う。
会社にとって以上に、自分自身にとって。
 

 嫁いわく、
「全員が同じエネルギーじゃないのが問題。」だそうだ。

 寄らば大樹の陰、というわんばかりに、「入れば何とかなる」という他力本願な(エネルギー少なめな)社員が、
大企業のトップの壮大なエネルギーについていけず、文句を言うんだろう、と。

 しかし、大企業経営陣は、努力もしているが、ちょっと行き過ぎてもいるとおもう。
 できないやつ(やる気がないのも含め)に、怒りまくったりして密かな罰を与える風潮があるが、そこがかわいそうだ。
 企業トップみたいに、頭がよくないやつもいる、肉体労働が苦手やつもいる、介護や子育てで早く帰りたい奴もいる、
そいつらに全員「なぜ仕事にすべてを捧げないんだ?」という要求は、ちょっと、無理だろ。

 俺も必死で努力の毎日だが、みんなの都合のバランスを取ってたら、零細企業がせいぜいだ。(しかしそこに誇りは持っている。)

 会社を経営してきてようやくわかるのだが、あのような余剰な利益、大きすぎる売り上げ(販路)は、しょせんどこかで誰かを踏みつけにしないと成り立たない。それを誰が知っているのか?中小企業の経営者だ。学生に、そんなこと、わかるはずもない。

 「こんなにメジャーで品のいいサービスを提供しているなら、さわやかに働けるだろう」という、安易な判断があるだけだ。

 しかし、ほんとうは高校生で花屋にバイトしてさえわかる。
 品のいい行き届いたサービスの裏側に、冷たい水と薔薇のとげで傷だらけになった手があり、花を新鮮に保つために毎日行き過ぎた冷房で耐える姿勢が必要なことを。

 誰だって、多少は何か、犠牲にしている部分はあるんだ。
それを自分では差し出さずに、生計の大事な大元を安易にブラック企業呼ばわりするのだったら、それはそれでやっぱり間違っている。

 お互いが、お互いをわかって便宜を図ってやる、それが大事なんだけどな。
相手に理解と愛情を持てと言っても、それは何千人もが存在する会社と社員には、永遠に、難しいことなんだろうな。

 まぁ、真偽のほどはともかく、うちの息子の毎日の野球部、これもブラックで3K。
母親たちは「暑くて死にそう」と眉をひそめているが、炎天下で球を拾っている俺たち父親は楽しい。
 砂にまみれて、じりじり火に焼かれながら、何を考えているか。

 ・・・あまり何も考えてはいない。

 みんなで白球を追いかける、これだけのことが、なぜか、無口な俺たちには、心地よくて仕方がないのだ。

 ブラック企業に勤めても、その人に、周りに理解のある、気の合う仲間がいてくれたらいいのだがな、ということを願うばかりである。
posted by 吉田雅一 at 12:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記